期待値のコントロール

昨日、お取引先とランチをしました。業界の話を教えて頂いたりキャンディデートのフィードバックを細かく伝えて頂いたり、常日頃からありがたい方なのですが、昨日は転職を希望している方を紹介頂き、ますますありがたく、頭があがりません。その方に「大西さん、結構文章上手いですよね。」と言われるとお世辞でも嬉しく、また今日も頑張って書こうかという気分になります。”勘違い”は時に前向きなエネルギーになるものです。


そういえば、以前、子供に対する実験で「出来る出来る」と暗示をかけたクラスと、「出来ない出来ない」といわれ続けたクラスでは、テストの平均点が大きく違うという内容の記事を読んだことがあります。人から出来ると言われれば自分も出来るような勘違いを起し、出来ないと言われれば出来ないような気がして、現実になる。まさに”勘違いの功罪”です。


上記のような「自分への勘違い」のケースも多くありますが、周囲から能力を勘違いされたことにより、色んなも事件も数多く起こります。


最近、司馬遼太郎さんの本で徳川慶喜が主人公の「最後の将軍」を読みましたが、まさに周囲の勘違いに踊らされた人生でした。


慶喜水戸藩主の父親にとって初めて生まれた男子らしい男子であり嫡男としての期待を一心に受け、父親があまりに期待しているのを見ていた周囲からも優秀であると信じられて育ちました。そして尊王思想を掲げた水戸藩の血を引くために周囲が慶喜自身も尊皇攘夷の思想を持っているのだろうと勝手に思い込み、尊王譲位派に担がれました。しかし、慶喜尊皇攘夷派が思ったような思想をもっていたわけではありませんでした。それが担いだ人々を落胆させ、急激に評価が下がり、孤立していくのでした。それがひとつのきっかけとなって大政奉還へ進み、明治維新に結びつくのです。大きな歴史も勘違いに勘違いが重なった人の思惑で動いていったのかと思うと、何とも興味深いことです。


人から良い方向に勘違いされて高い評価を得ているのなら、それはそれでいいじゃないか、という意見もありそうですが、上記の徳川慶喜の例の通り、そうは簡単ではありません。


高い評価を受けている人の本当の姿が異なった場合、その信奉者は裏切られたと感じ、評価は下がります。期待をしていた分、落差は激しく、実態よりも低い評価をされることもあります。例えば、周囲から「この人は100点を取れる人に違いない」と思われている人が80点を取れば、マイナス20点。一方、「この人は60点くらいかな」と思われていた人が80点を取れば、プラス20点。結果として同じ80点を取っても、後者の人のほうがプラスのエネルギーを持った評価なので、「最終的な評価」は高くなるのです。


テストであれば点数が明確に出ますが、仕事は点数では現せないので、ますます印象だけで片付けられるケースが多くなります。つまり、仕事の評価とは絶対的なものではなく相対的なものであり、期待値とのギャップにあります。


転職する際にも同じことが言えます。
企業との面接の際にはある程度期待値を上げる努力がなければ内定に至りませんが、相手にあまり高い期待感を持たせてしまうと、入社後、相手の抱いている期待値と現実に自分が出来ることのギャップに苦労します。


昔、経営コンサルタントをしている知人が「契約を取るまでは期待値を上げる努力をするが、契約を取った後は期待値を下げる努力をするのが、コンサルティングのプロジェクト終了後に顧客から高い評価を得るポイントだ」と言っていたのを思い出します。


あまり本質的な議論ではありませんが、転職先でうまくやっていくためには「期待値のコントロール」というテクニックも覚えておいた方がいいポイントだと思います。